groovers 2017年2月度推薦作品

『ファイヤー・エスケイプ(24bit/48kHz)』
アンドリュー・マクマホン

配信サイト推薦コメント

アンドリュー・マクマホンは、2004年ソロ・プロジェクト、ジャックス・マネキンでデビュー。ポップなメロディと心地よいグルーブ感で、西海岸のピアノ・エモ・シーンを引率、日本でも人気を博した。2012年に同グループは解散してしまうが、2014年に自身の名義で音楽シーンに戻ってきた。
本作は自身の名義になってからのセカンド・アルバム。既に昨年発表した先行シングル「ファイヤー・エスケイプ 〜きみがいる世界」が、某家電メーカーのTVCMソングに起用されヒットを放つ。本楽曲を筆頭にアルバム全体がポップでメロディアス、身体を動かしたくなるような心地よいグルーブ感がギッシリと詰まった楽曲ばかりで、実に楽しい作品に完成している。(groovers竹井)

配信日

2017年2月10日

配信ページ

http://www.groovers.co.jp/mqs/album/detail/LOT6JRq

プロフィール

アンドリュー・マクマホン

1982年9月3月生まれ、カリフォルニア州オレンジ・カウンティ出身のシンガー・ソングライター。
8歳で母親の指導の下ピアノを弾き始める。1年後には作曲、学校の集会で披露。その後、本格的にピアノのレッスンを受けることになった。
高校に入り最初のバンドを結成、地元のバンド・コンテストに参加、優勝するも解散。高校2年に出会った4人とピアノ・ロックバンド=サムシング・コーポレイトを結成。2000年にデモ・アルバムを自主制作しリリースすると、インディ・レーベルのドライヴ・スルー・レコーズの目に留まり、翌年10月”Audioboxer”(EP)で全米デビューを果たした。2002年5月、Drive-Thru/MCAのダブル・ネームでメジャー・デビュー・アルバム(『リーヴィング・スルー・ザ・ウィンドウ』)をリリース。作品は新人チャートで1位を記録、ワープト・ツアーではメイン・ステージを務める等注目を集めるバンドへと成長した。2003年10月には約1年5カ月という短いスパンでセカンド・アルバム(『ノース』)をリリース。2003年12月にレコーディングした楽曲がサムシング・コーポレイト向きでは無いと感じたアンドリューは別のプロジェクトでのリリースすることを決める。2004年夏、アンドリューと他のメンバーはツアーの連続で疲弊、活動停止を決断。
2004年、アンドリュー・マクマホンの新たなバンド=ジャックス・マネキンがマーヴェリック・レコーズと契約をした時点でサムシング・コーポレイトは無所属、無期限の活動停止の状態となった。
2005年5月、マーヴェリック・レコーズはアンドリューが自身の貯えの殆どをつぎ込んで完成させたジャックス・マネキンのファースト・アルバム(『エヴリシング・イン・トランジット』)をリリース。アンドリューが闘病するという予期せぬ事態もあったが、全米アルバム・チャートで37位を記録。2008年にサイヤー・レコーズからリリースされたセカンド・アルバム(『グラス・パッセンジャー』)は全米アルバム・チャート8位、2011年にリリースされたサード・アルバム(『ピープル・アンド・シングス』)は9位を記録、アンドリューの作り出す音楽が支持されていることを証明した。2012年、アンドリューはジャックス・マネキンが終わりに近づいていることを感じ始める。8月に入るとバンドのウェブ・サイトは的にアンドリュー個人のページへ飛ぶよう設定され、翌年11月にロサンゼルスで即完となったラスト・コンサートを行いバンドの幕を下ろした。
2013年4月、創作的自由を手に入れたアンドリューは4曲入りEPを初のソロ作品としてリリースする。2014年7月、ソロ・プロジェクトの発展形としてアンドリュー・マクマホン・イン・ザ・ウィルダネスを始動させることを発表。同時にアルバムからの先行シングル、「セシリア・アンド・ザ・サテライト」をリリースし、アンドリューの動向に注目していたファンを歓喜させた。9月2日(誕生日前日)、夏の終わりにピッタリなセカンド・シングル、「ハイ・ダイヴ」を公開。

http://www.universal-music.co.jp/andrew-mcmahon/